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とうとう本日がやって来ました、本日(正確には22日午前0時30分)夜行便で本国送還です、まさかこんな結末を迎えるとは思わなかった「爺パッカーリターンズ」
、最初はそれなりに過ごしていたのに、段々慣れて来ると昔の様に、夜行ならホテル代が浮くなどと無理をする様になり、疲労が回復される前に移動、そんな事の繰り返しが疲労の蓄積となって今回のこの結果ではないのか?昔の様に一晩寝れば元気になってなんて事は全くないので一日動いたら二日休憩ぐらいで丁度良いのかも。 |
2018年1月21日日曜日
強制送還(泣
2018年1月17日水曜日
モンユア ⇒ マンダレー ⇒ バンコク
2018年1月16日火曜日
歩行不能
13日~16日@モンユア朝、右膝の痛みで目が覚める、動かさなければ痛くはないのだけれど、一寸動かすとかなり痛い、写真のホテルの4階、それでもどうにか朝食の為に階下によろよろと降りていった、それを見たホテルスタッフが朝食は部屋に運んでくれるような仕草(英語が通じない)だったので部屋に戻る。 程なく朝食は部屋に運ばれたのだが、膝の激痛で歩行不能に、どうにかベッドや壁を支えに左足で立ち上がる事は出来ても、右膝の激痛で立ち続ける事は出来ない、ベッドの端から1mも離れていないようなトイレに行くのに、冷や汗タラタラで30分程もかかる、そして困ったのがフロントへの連絡、部屋に電話はない、ここのネットの繋がりも良くないしホームページやらも持っていなさそう、自前のルーターも残金不足で使用不能、タイの携帯を使って(ローミング)フロントへ連絡、とりあえず自前のルーターシムへチャージするためカードの購入を頼む、ネットも電話も使えるようになってどうにか餓死だけは回避(笑)出来そう。 しかし、ここでの動けない4日間は大変だった、初日は色々とパニクッたんだけど、外部との連絡、ここのWiFiにほとんど繋がらない(ルーターから離れている)のでネットが使えない、タイの携帯を使う事で窮地は脱出出来たんだけど、もしタイの携帯がなければ日本のスマホでローミングって事になっていたんだろうと思う。 もしそれらを持っていなかったら、それこそ大変だったんだろうと思う、5泊したんだけど一回だってシーツ・タオルも取り換えなければ、掃除にも来なかった、フロントに電話をしなければ、気を利かせて朝食を運んでくれる事もなかった、そして必ず一回では用は済まなかった、朝食は決まっていて、トースト3枚、フライドポテト、卵料理(スクランブルとか目玉焼き)、果物盛り合わせ、オレンジジュース、インスタントの飲み物(コーヒー・紅茶・グリーンティ)、最初の朝食であまりにも油の匂いが鼻につくのでフライドポテト・卵はいらないって言ったのに全部持って来た、さて、コーヒーでも飲もうという時になってポットが空なのが判明!、次の日はポットもカップも持って来ない、その次はカップはあったがポットは忘れた! その後、トースト・卵・フライドポテトは持って来なくなった(毎回要らないって電話で言った)んだけど、胡椒・塩・バター・ジャムは必ず付いた(これは絶対に忘れない)こんな状況なので具合は益々良くない。 |
2018年1月12日金曜日
カムティ ⇒ モンユア
10日の早朝(6時半)にカムティを出航、遡って来たチンドウィン川をモンユアまで下る、マンダレーに行きたいと言ったらモンユアまででその先には行かないらしい、そこには大きな涅槃仏などがあるので丁度いい、来る時はモンユアの手前(カムティから見て)から乗ったのだけれど、今度の目的地はその先になる、2泊3日も3万チャットも変わりはなかった。ついこの間2泊3日の船旅をして、 その復路って事もあって全く面白くもない、天気も良くないって事もなさそうなんだが、今回の船はやたら寒く感じる、3日目(12日)の午前中にモンユアに到着したんだけど、咳と喉の痛みで一寸調子が良くない。ホテルにチェックイン後薬屋へ、帰りにパンと水を買う、夕方夕食に外出するが食欲なし、焼きトウモロコシを買って帰る。 |
2018年1月9日火曜日
カムティ
2018年1月7日日曜日
カムティ到着
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朝4時発電機が回り電気が点く、外では貨物を乗せているらしい、5時まだまだ暗い中を出航、やはり霧が酷く寒い。 今までの走り方からするとカムティに到着するのは日が落ちてからになると思う、真っ暗な中ホテル探しをしなければならないようだ。 今日も昨日同様暇、景色も大して変わらないのでごろごろと過ごす。 |
船飯![]() ![]() ![]() |
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三時半カムティ到着、こんなに早く到着するとは思っても見なかったので嬉しい誤算。 上陸してまずは冷たいものでも飲んで休息、グーグルマップにあったホテルを目指す、その付近に目指すホテルとは名前の違うゲストハウスがあって西洋人が二人入り口にいたのでこの辺のホテルの事を訊く、この先にも2軒あるんだけど、ここが一番安いと言う、ついでに一番汚いとも言った(笑) |
その一番汚いゲストハウスにチェックイン、強気の15000チャット、しょうがないな。ドル払いは出来るかと訊いた所チャットのみとの事、手持ちの現金が残り少ないので、どこかで両替したい、そう言う事になると通じなくなってしまう、部屋代などはすらすらっと英語で言うくせにだ、しょうがないのでこの先にあると言う綺麗なホテルに行って訊いてみると銀行の場所を教えてくれた、今日は日曜日なので閉まっているでしょ、まあその他に両替は出来そうにないので明日行ってみる事に、もし両替が出来なかった場合はATMで引き出す事になるんだけど、ミャンマーではやった事がない。 |
その後町を周ってみたのだが見るべきものはないんじゃないかな。ネットが全くダメなのでこの辺を抜け出すまではブログの更新や連絡等は出来そうにない。 |
2018年1月6日土曜日
カムティへ向かう船上
2018年1月5日金曜日
カレーミョ ⇒ カレーワ ⇒ 船上
7時前にチェックアウトして迎えの車を待つ、ロビーの兄ちゃんが車が来たら知らせてやるから朝飯(朝飯付き)を食べて来いと言う、7時からの朝飯なんで食べずに出発と思っていたのだけれどそう言うので朝飯を食べに、急いで食べてロビーに戻るが車は来ていない、まあ30分はと思っていたが結局迎えに来たのは1時間後、それもバイクが来たんでビックリ、そしたらバスターミナルへ行くと言う、で、飛行場の脇を走ってちょっと行った所でストップ、ここだと言うがバスターミナルとは思えない汚い店の前、そしたらそこに止まっていたまた小汚いスズキの軽トラに乗れと言う、これでカレーワに行くのか?って訊いたらそうだと言う、てっきりワゴン車みたいなやつだと思っていたんだけど。1000チャットはずんでおいて正解、荷台にはベンチもなく油汚れの床、これで2000チャットも取るんか? |
| カレーワまでは昨夜通って来た道のはず、街灯もなく真っ暗で判らなかったけれどバスが通るのには大変な道でノロノロ運転せざるを得ない。 |
| 1時間半程走ってカレーワに着くと同乗のおばちゃんが運ちゃんに指図をしている、川岸に出るとここで降りろと言うので下車、同乗のおばちゃんそこにいたおばちゃんと会話、するとおばちゃんが座るか寝るかってな事を訊く、何の事だか判らず??? |
![]() それがカムティ行きの船の事で座席で行くかスリーパーで行くかってな事が判って手に入れたのが写真の切符、でもその時に判っていた事は、運賃30000チャット、今日出航、寝て行けるって事だけ、何時出航、到着日時、到着地(多分カムティ)が判らない、その後おばちゃん達との根気良い会話に依って午後4時出航、到着は2回寝た後(7日)という事が判った(多分) |
出航は4時と判ったのはいいが行く所もなさそうな街、パゴダが見えたので行ってみる。カエルの像があったので写真を撮っていたらおじさんがミャンマー語(?)だかで1292年だか3年だか忘れたけど書いてあると教えてくれた。 |
4時半頃川下から来た船が乗る船らしい、切符売りのおばちゃんが付いて来いって言ってるようだ、川岸にいたオッチャンに荷物を持たせて案内してやれと偉そうだ。オッチャンに案内されたのは2畳程の個室、ここがこれから3日間(理解が正しければ)の船旅の部屋になる、電源・蛍光灯はあるが昼間は使えない、寝具はなさそうなので寒い時期は対策が必要かも、売店等はない、寄港する度に物売りが乗り込んで来たり、ボートで売りに来るので心配はなさそう。 |
2018年1月4日木曜日
カレーミョ
2018年1月3日水曜日
マンダレー ⇒ カレーミョ
日付が変ってすぐにサービスエリアのような所に停車する、全員降ろされて寝ていられない、食事をしろって真夜中にか?食べるのはいいからトイレに行ってバスの所へ戻る。六時前にマンダレーのバスターミナルに到着、雨が降っている、これではここに泊まっても外には出られそうにないので先に進む事に、カレーミョって所までなら行けそうなので、バスで行けるか尋ねてみると、ターミナルが違うらしい、かなり離れているのでタクシーで行けと言う、この雨だし7000チャットでOKする。 |
![]() 無事にバス会社の切符売り場に着いたのだけれど、バスの出発は15時だと、今7時だからまだ8時間もある、他にないならこれに乗るしかないな、お互いかみ合わない言語でここで待っていられる事を確認しチケットを購入
(17000チャット)する。さて15時までどうしたものか?雨が降っているので外をウロウロするわけにはいかない、幸いゴロゴロするスペースは十分あるのでうつらうつらしている。 |
![]() 小降りになった所でバスターミナルまで昼飯を食べに行く、今までで最安の600チャット。定時を15分程遅れて出発、バスは昨日とは違って4列、リクライニングシートではあるものの昨夜程にはならない、これで14時間はちょっと大変。 |
2018年1月2日火曜日
ヤンゴン ⇒ マンダレー
2018年1月1日月曜日
元旦@ヤンゴン
2017年12月31日日曜日
大晦日@ヤンゴン
2017年12月30日土曜日
メソッド ⇒ ミヤワディ ⇒ ヤンゴン
2017年12月29日金曜日
バンコク ⇒ メソッド
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メソットに行くため北バスターミナルへ、8時半に到着、メソット行きの窓口へ行くと丁度8時半のバスにまだ間に合うと言うので切符を購入、4時到着との事。 バスに乗り込むと間もなく出発するがターミナルを出た所で停車、そのまま動かない、乗客も大人しく座っている、1時間過ぎても走り出す気配なし、乗客も何も言わない所を見ると停車する事を知っているのか? 訳も判らず停車する事1時間半以上、10時過ぎにやっと動きだす、一体何だったの? そんな事があったんでメソッド到着は6時過ぎ、まあ土地勘はあるので問題はない、明日はミャンマー入国。 |
2017年12月26日火曜日
バンコク到着
2017年12月24日日曜日
コルカタ到着
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昨夕(23日18時)出発したバスは何カ所かで止まり、明け方コルカタ西側を流れる河の対岸に到着、屋根に満載した荷物を下ろし始める、 明日のバンコクへのフライト(正確には26日0:05)までやる事はない、まだ行っていない所やらはあるのだけれど、もうインドはいい、行こうと思っていた南インドにも行かなかった、別に後悔はしていない、ブッダガヤやコルカタでは日本人観光客が減ったと多くの人から聞いた、日本人だけではないと思う、この国は観光旅行をするにはちょっと大変で少なくともジジイがバックパックする国ではない、あと一日でバンコクだと思うとホッとする、その昔よく数か月もいたもんだ、 クリスマスで白いボンボンが付いた赤い三角帽子を被ったインド人で混雑するチョーリンギ通りを歩きながら、多分もう二度と来る事はないだろうと思った。 *アライバルビザは止めた方がいい 今回のインドはアライバルビザで入国したのだが出来るなら止めた方がいい、コルカタだけなのかも知れないが、出会った数人全てが後回しにされてえらく時間が掛かったと言っていた 、係り官も良く判っていないみたいだし。 アッサムのチェックポイントでもこんなビザは見た事がないと確認に時間が掛かった、 出国時にはペラペラとパスポートをめくるだけで一向に出国スタンプが押されない、相当ペラペラしてからビザはどこだ?って言われてひっくり返りそうになった、こいつ本当にインドのイミグレ職員なのか?百科事典程のページがあるパスポートじゃあるまいし自国のビザが判らないの?入国時のスタンプも見付けられないの?目が悪いの?アルファベットが読めないの?そこに座っていればいいと言われただけなの? |
2017年12月23日土曜日
ブッダガヤ ⇒ コルカタ
![]() 3週間
(4日~23日)の修行が終わった。最初は危ぶまれた3週間の修行、終わってみればどおって事のない3週間、ブッダガヤに来たくても来れない人もいるだろうに、修行後も修行前と何ら変わらず、全く修行甲斐のない奴だな。 今夕のバスでコルカタへ移動する、コルカタ到着は明日早朝。 夕方5時過ぎにバスターミナルへ、夕飯を食べてチケット売り場へ、程なくしてバスが入って来る、指定されたのは座席の上部に作られた一畳ほどのスペース、二段ベッドの上部と言うと分かり易いかな、列車のスリーパーより幅があるのでゆったりした感じがする、これならコルカタまでの十数時間は全く問題がない、と思ったのは出発するまでの数分間だけ、出発してみるとこれがとんでもない代物で、止まっていれば快適で熟睡出来るだろう、しかし、走りだすと道路の悪さが体全体で実感出来る、本当に体が浮く、そして左右に揺れるものだからどこかに掴まっていないとベットから放り出される、そんな道路が明け方近く、コルカタの近くまで続くので一睡も出来なかった、こんな事なので800ルピーもだしてスリーパーにするより330ルピーで座席にした方がいいと思う、まあバスのせいじゃないんだけどねぇ。 遅れる列車、寝られないバス、さてどちらにすべきか、どちらも修行ですなぁ。 |
2017年12月4日月曜日
修行三昧?@ブッダガヤ
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